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日曜日に植木屋さんが入って、自由奔放な木の選定。
「ヤマボウシに鳥の巣がありました。」と言い残して帰りました。
ワクワク見に行くと 目白の巣が
上手にビニールひもを使って巣を作ってます。
「中に卵があったので、まわりの枝は残しました。」
いい話やねぇ。ヤマボウシの木に
毎日の見回り警護の愉しみが出来ました。

さて、
茶花の勉強に刺激を受け、答えの見えない再考が始まる。
「花は野にあるように」>利休7則

茶花を入れる心得として、必ずと言っていいほど耳にします。
その教えの意味として言われる言葉は、
「花が咲いていた状態を感じさせる姿に生けること」

しかし、簡潔な一文ほど含んだ内容は濃い。

まず、野にある状況を知っていなければならない。
どんな季節に、どんな場所に、どんな姿で咲いていたか。
それには生ける人が切ってこなければならない。
人に用意してもらったり、買ってきた花ではないということ。
最低でも、どんな風に咲いているかは知っていたいと思う。

作為的であってはいけない。
しかし切り取って茶席に入れること自体は作為的である。
花を選ぶところも、数種の取り合わせも作為的である。
それを力みも見せず、その場にあることが必然にように置く。

人に見せよう、野にあるようにしようと、評価の測りを外に置くと
作為的になる代表が茶花。
茶人の姿勢と力量が試される怖いものだと思う。

花を切り、花を敬い、花に教わる。
生きてあるものを切り取ってきた責任は取らなければ。


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【2019/06/20 22:15】 | 茶花のこと
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髭熊
以前、NHKの「プロフェッショナル」で当代の楽吉左衛門さんが特集されたとき。「作為と表現の狭間で葛藤がある」とおっしゃっていたのを思い出しました。

https://www.nhk.or.jp/professional/2013/0103/index.html

Re: タイトルなし
店主の葉摘み
髭熊さま
作家さんが言うとリアルですね~。
実感します。

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コメント
この記事へのコメント
以前、NHKの「プロフェッショナル」で当代の楽吉左衛門さんが特集されたとき。「作為と表現の狭間で葛藤がある」とおっしゃっていたのを思い出しました。

https://www.nhk.or.jp/professional/2013/0103/index.html
2019/06/21(Fri) 04:59 | URL  | 髭熊 #-[ 編集]
Re: タイトルなし
髭熊さま
作家さんが言うとリアルですね~。
実感します。
2019/06/22(Sat) 19:34 | URL  | 店主の葉摘み #-[ 編集]
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