今日も時々の雨。 そして涼しい。
‟つくつくぼーし つくつくぼーし もういいよーもういいよー”とセミが鳴く。
日が落ちれば ‟ころころりんりん”と虫が歌いだす。
秋の気配を耳で覚えるころとなりましたね。


お嬢2の淡交タイムスを読んでいたら、響く言葉に出会いました。

「稽古とは一より習い十を知り 十よりかえるもとのその一」 利休道歌。
一から始めなければ二、そして五、十へは行けないけれど
五や十になっても一へは立ち返ることができる。
基本はウォームアップ。 身も心も次へ進むための準備。
そこからリスタートすれば、見えなかった風景の中先へ進むことができる。

「茶の湯を学ぶことは五百年におよぶ日本の歴史を学ぶということ。
 基本をしっかりと身につけた上で、基本にとらわれることなく
 各々の茶の湯の道を歩んでいただきたい。」

「茶の湯では‟初めの準備、後始末”と言われるように
 お客様に見えない部分がおろそかにならないよう心がけます。
 おもてなしとはこの目に見えない部分を大切にする心です。」

文面は御家元の姿勢であり、伝えたいことでしょう。
それがおろそかになっていると感じ、憂う気持があるとも思います。
同じような言葉を表千家の冊子にも読みます。

日本の‟道”が付く習いは、「心技体」と言いますね。
剣道は技が決まっても心と体が伴わなければ一本にはなりません。
弓道でも的に当たればよいというのではない。
そこがフェンシングやアーチェリーとの大きな違いです。

茶道も同じ。
茶筅で抹茶を撹拌すれば良いということではありません。
所作に心を伴わせなくては茶の道にはならないのです。
点前に至るまでの準備、片付けをおろそかにしてはいけません。
いつでも基本に立ち返り、一から歩み出す勇気を持ちたいです。
そこから学ぶことは多い。
これは先生から教えてもらうことではなく、自身が会得すること。
その自覚が必要と、御家元たちは言いたいのではと推測します。

掬水月在手 掬水月在手
‟水を掬すれば月手にあり”
夜空遠くにある月も、水を掬すればその手中にある



もどり台風が近づいているようです。
勢力が強く、先の台風直後でもあり、大事なければいいのだけれど。
命が第一です。 
大きな被害がありませんよう心より祈っております。


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【2016/08/28 22:19】 | 茶道のこと
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ROKU
“茶道”なぜ「道」なのでしょうね。
何のために世にあるのでしょうね。
「お茶をさしあげるため、いただくため」
単に日常生活の一部なのに「道」がつく。

「道」とは、人間が行きつ戻りつするところ。
どんな「道」も一生かかっても極められるとはない。
だから一生勉強。
でも見えてくるものがある。
それは勉強と経験の積み重ねですかね。



店主の葉摘み
ROKUさま
茶に携わる者(生業とする者)は得度するようになって
禅宗の影響が入り込み、精神性を加味するようになったことと
たしなみや習い事という意味合いもあり道が付いたようですが。

日常の一部の場合は「茶の湯」というようです。

前を見れば「学び」、後ろを振り返れば「経験」が面々と続き、
どんなに歩いてもそれは変わらない。
道は歩き甲斐があります。

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この記事へのコメント
“茶道”なぜ「道」なのでしょうね。
何のために世にあるのでしょうね。
「お茶をさしあげるため、いただくため」
単に日常生活の一部なのに「道」がつく。

「道」とは、人間が行きつ戻りつするところ。
どんな「道」も一生かかっても極められるとはない。
だから一生勉強。
でも見えてくるものがある。
それは勉強と経験の積み重ねですかね。
2016/08/29(Mon) 18:23 | URL  | ROKU #-[ 編集]
ROKUさま
茶に携わる者(生業とする者)は得度するようになって
禅宗の影響が入り込み、精神性を加味するようになったことと
たしなみや習い事という意味合いもあり道が付いたようですが。

日常の一部の場合は「茶の湯」というようです。

前を見れば「学び」、後ろを振り返れば「経験」が面々と続き、
どんなに歩いてもそれは変わらない。
道は歩き甲斐があります。
2016/08/30(Tue) 18:16 | URL  | 店主の葉摘み #-[ 編集]
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