大雪の二日間でした。
そんな日なのに連日のお茶なんです。

土曜日の予報は「大雪なので外出は控えるように」と言ってますが、
そんなことを言ったってねぇ~、お茶はあるのですよ。

お茶事の裏を頼まれて、朝早く東京まで出かけました。
懐石の料理も頼まれているので、店主が行かなくちゃ始まらないのです。
大荷物を両手に下げ、傘をさせないので帽子に長靴。
着物じゃないのが救いでした。

席入に遅れることなく客が全員到着。
やはりね、来ると思ったんですよ。

恙なく茶事を終えて、外に出れば猛吹雪!
White out!!
「後続の電車は大幅に遅れています」直前の電車に運よく乗れて
ひとつになった荷物と雪まみれで帰宅すると
その後は運休になるくらいの大雪でした。


そして今日は「茶の湯勉強会」
先生は必ずいらっしゃるだろうと、延期は考えませんでした。

雪かきをして道を作っていると、欠席の連絡が続き、出席は半数の9人。
ある方は1時間以上早く出たそうですが、電車が動かず30分の遅刻。
それでも諦めずいらっしゃいました。
他の方も同じような感じで、悪戦苦闘して到着なさいます。
講師の長野先生はバスが止まっていたので駅まで歩き、
数少ない電車に苦労しながらの到着。
「行くことしか考えてなかったよ」と平然としています。
やはりね~。 
お茶をよく知る方は、よほどでないと「欠席」は無いですね。

いつも以上に弁舌盛んな先生。
1時間以上の延長で、熱心な講義に出席の生徒さんは得をしましたね。
「頑張ってきた甲斐がありました」と、とても感激してました。

お茶はね、どうしようもないことがない限り、
あるんですよ。


昨日とは打って変わっての快晴の今日。
そんな日にはこんな軸を。梅花雪和香


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【2014/02/09 23:18】 | 茶道のこと
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いつも楽しく拝読しています。
今日のお話はなにかお茶の「業」の強さを感じました。
個人的にはもう少し肩の力が抜けてもいいと思うのですが、そうもいかないのでしょうね。


みゃあくんのおかあしゃん
勉強会が無事にできて
良かったですね。
9日は私も諏訪での茶会に参加の
予定でした。
8日に雪が降りしきる中 車一台分の
道をつけるため 必死で雪かきをして
置きましたが 翌朝もっと降り積もり
家は一番奥で 他の家が掻いていなかった
ので 団地から出られずに出席を
断念しました。
又今回は国道さえ除雪ができてなくて
陸の孤島でした。
今日は暖かいので 融けるの期待して
います。


店主の葉摘み
コメさま
いつもご来訪、ありがとうございます。

「業」・・・とはちょっと違う感じがします。
相手の気持ちを思いやり、自分はどう動けばいいかを考え、
自分中心に行動を決めていないのです。
きっと準備し待っているだろうとおもいやり、
それに至るまでの過程や努力を想像すると
自分の都合では中止することはでき無いと考えるのです。
今は簡単に連絡がつくので便利になりましたが
便利や手軽って失うものも多い気がします。


店主の葉摘み
みゃあくんのおかあしゃんさま
講師の先生は必ず来ると思ってましたから、必ず出来ると迷いはありませんでした。

こちらとは雪の深さが違いますからねぇ~。
みゃあくんのおかあしゃんだけの努力ではどうにもなりませんよね。
行こうと一生懸命に努力したことが大事だと思いますし、
きっと先方にその気持ちは伝わると思います。
山ほどの雪を見ただけですぐ諦めることもできたんだから。
すてきなお茶人です。

あの後暖かい日が続き、かいた雪は大半が消えました。
そんな雪くらいの雪でも大往生。こちらは雪に弱いですね。


でん助
…小春日和の大磯に、長靴・防寒万全姿で降り立ったあの日を思い出しております。ひとしお味わい深いお茶を戴いた一日でした。


店主の葉摘み
でん助さま
そうそう・・そんなことがありました。(笑
北はまだ“春遠からじ”なのねぇ~と実感した日でした。

それにしてもガッツがあるねぇ。(笑



kai
コメ欄のやりとりが気になったので横入り失礼します。

「業」という言葉は本来「心の動き」「考え方の習慣」という意味で、
それらが普段の行動や思考に深く根差していることを
「業が深い」というそうです。
別に罪深いとかいう意味じゃないですよ。
なので、この記事に書かれているような考え方や行動が
“お茶をよく知る方”達にとって当たり前のことであるなら
最初のコメの方がおっしゃった通り、
これが「お茶」というものの業の強さ、深さなんだろうなと思います。
葉摘みさんが事ある毎に「お茶は思いやり」と主張されるのも。

…思いやりも、押しつけがましいとただの思い上がりになりそうで、
匙加減にいつも悩むのですが、結局相手とどれだけ思いが
通じ合ってるかに尽きるのだろうなと思います。
あとやっぱり素人目には、茶道のこういうところ、恐ろしいです。

長々と失礼しました。
あとものすごく今更ですが、昨年の秋のお茶会は
本当に本当に興味深い体験でした。ありがとうございました。


店主の葉摘み
kaiさま
お返事遅くなり申し訳ございません。
いろいろ考えました。ありがとうございます。

お茶の宗名とは元来禅を修行し得度したものに与えられる名でもあり、
千家の家元は参禅の師を持って名をいただきます。
得度し、己を捨て、業を外したところにお茶はあるものと思います。

思いやりも見返りを求めるものではなく、己を追及するところにあるはずなのですが・・・
自分はどうかと自問してみましたが、努力してはいますが難しいです。

いいきっかけをいただいて感謝しています。


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コメント
この記事へのコメント
いつも楽しく拝読しています。
今日のお話はなにかお茶の「業」の強さを感じました。
個人的にはもう少し肩の力が抜けてもいいと思うのですが、そうもいかないのでしょうね。
2014/02/10(Mon) 10:05 | URL  |  #-[ 編集]
勉強会が無事にできて
良かったですね。
9日は私も諏訪での茶会に参加の
予定でした。
8日に雪が降りしきる中 車一台分の
道をつけるため 必死で雪かきをして
置きましたが 翌朝もっと降り積もり
家は一番奥で 他の家が掻いていなかった
ので 団地から出られずに出席を
断念しました。
又今回は国道さえ除雪ができてなくて
陸の孤島でした。
今日は暖かいので 融けるの期待して
います。
2014/02/10(Mon) 10:38 | URL  | みゃあくんのおかあしゃん #-[ 編集]
コメさま
いつもご来訪、ありがとうございます。

「業」・・・とはちょっと違う感じがします。
相手の気持ちを思いやり、自分はどう動けばいいかを考え、
自分中心に行動を決めていないのです。
きっと準備し待っているだろうとおもいやり、
それに至るまでの過程や努力を想像すると
自分の都合では中止することはでき無いと考えるのです。
今は簡単に連絡がつくので便利になりましたが
便利や手軽って失うものも多い気がします。
2014/02/10(Mon) 23:07 | URL  | 店主の葉摘み #-[ 編集]
みゃあくんのおかあしゃんさま
講師の先生は必ず来ると思ってましたから、必ず出来ると迷いはありませんでした。

こちらとは雪の深さが違いますからねぇ~。
みゃあくんのおかあしゃんだけの努力ではどうにもなりませんよね。
行こうと一生懸命に努力したことが大事だと思いますし、
きっと先方にその気持ちは伝わると思います。
山ほどの雪を見ただけですぐ諦めることもできたんだから。
すてきなお茶人です。

あの後暖かい日が続き、かいた雪は大半が消えました。
そんな雪くらいの雪でも大往生。こちらは雪に弱いですね。
2014/02/10(Mon) 23:17 | URL  | 店主の葉摘み #-[ 編集]
…小春日和の大磯に、長靴・防寒万全姿で降り立ったあの日を思い出しております。ひとしお味わい深いお茶を戴いた一日でした。
2014/02/12(Wed) 11:20 | URL  | でん助 #-[ 編集]
でん助さま
そうそう・・そんなことがありました。(笑
北はまだ“春遠からじ”なのねぇ~と実感した日でした。

それにしてもガッツがあるねぇ。(笑
2014/02/14(Fri) 19:28 | URL  | 店主の葉摘み #-[ 編集]
コメ欄のやりとりが気になったので横入り失礼します。

「業」という言葉は本来「心の動き」「考え方の習慣」という意味で、
それらが普段の行動や思考に深く根差していることを
「業が深い」というそうです。
別に罪深いとかいう意味じゃないですよ。
なので、この記事に書かれているような考え方や行動が
“お茶をよく知る方”達にとって当たり前のことであるなら
最初のコメの方がおっしゃった通り、
これが「お茶」というものの業の強さ、深さなんだろうなと思います。
葉摘みさんが事ある毎に「お茶は思いやり」と主張されるのも。

…思いやりも、押しつけがましいとただの思い上がりになりそうで、
匙加減にいつも悩むのですが、結局相手とどれだけ思いが
通じ合ってるかに尽きるのだろうなと思います。
あとやっぱり素人目には、茶道のこういうところ、恐ろしいです。

長々と失礼しました。
あとものすごく今更ですが、昨年の秋のお茶会は
本当に本当に興味深い体験でした。ありがとうございました。
2014/02/15(Sat) 22:36 | URL  | kai #TezqYSu.[ 編集]
kaiさま
お返事遅くなり申し訳ございません。
いろいろ考えました。ありがとうございます。

お茶の宗名とは元来禅を修行し得度したものに与えられる名でもあり、
千家の家元は参禅の師を持って名をいただきます。
得度し、己を捨て、業を外したところにお茶はあるものと思います。

思いやりも見返りを求めるものではなく、己を追及するところにあるはずなのですが・・・
自分はどうかと自問してみましたが、努力してはいますが難しいです。

いいきっかけをいただいて感謝しています。
2014/02/18(Tue) 23:00 | URL  | 店主の葉摘み #-[ 編集]
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